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東京地方裁判所 平成8年(ワ)8540号 判決 1998年7月30日

主文

一  原告と被告らとの間において別紙供託金目録記載の各供託金にかかる賃料債権が株式会社イフに帰属することを確認する。

二  被告株式会社タケモクは、原告に対し、金一〇三二万二五八〇円を支払え。

三  被告木村芳昭は、原告に対し、金三六〇〇万円を支払え。

四  原告の被告木村芳昭に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

六  この判決は第二項及び第三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  主文第一項と同旨

二  主文第二項と同旨

三  被告木村芳昭は、原告に対し、金四〇〇〇万円を支払え

第二  事案の概要

本件は、原告が抵当権に基づく物上代位によって、その目的不動産から生ずる賃貸人株式会社イフ(以下「イフ」という。)の賃借人株式会社タケモク(以下「被告タケモク」という。)に対する賃料債権を差し押えたところ、既に右債権が第三者である被告木村芳昭に譲渡されていたという事案につき、原告が、被告らに対し、賃借人である被告タケモクが供託した供託金にかかる賃料債権が賃貸人(抵当権設定者)であるイフに帰属することの確認を求めるとともに、被告タケモクに対してはその余の賃貸借契約終了までの未払賃料一〇三二万二五八〇円の支払を、被告木村に対しては右差押え後に被告タケモクが被告木村に対して支払った賃料合計四四〇〇万円(平成七年七月分から平成八年五月分まで)が不当利得であるとして、そのうち四〇〇〇万円(平成七年七月分から平成八年四月分まで)の返還を、それぞれ求めたものである。

一  前提事実(証拠を摘示しない事実は、当事者間に争いがない。)

1  イフは、株式会社ダイエーファイナンス(以下「ダイエーファイナンス」という。)との間で、平成元年六月二〇日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、ダイエーファイナンスを根抵当権者、極度額を一三億五〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、同日その旨の登記を経由した(甲一ないし三)。

原告は、ダイエーファイナンスから、平成六年二月一四日、同社がイフに対して有していた別紙債権目録(一)、(二)記載の各債権を譲り受けるとともにこれを被担保債権とする確定した右根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を譲り受け、同年三月二五日、その旨の登記を経由した(甲二)。

2  イフは、被告タケモクに対し、昭和六二年一二月二一日付け建物賃貸借契約書(ただし、当時の本件建物所有者は北海物産株式会社)に基づき平成四年一二月二五日に更新された賃貸借契約により、本件建物を賃料は一か月四〇〇万円、毎月月末に翌月分を支払うと定めて賃貸していた(<証拠略>。以下「本件賃貸借」という。)。

その後、平成八年一月一日、本件賃貸借契約は以下の約定で更新された(乙一七)。

賃貸期間 平成八年一月一日から平成一二年一二月三一日まで。

賃料 一か月金四〇〇万円。

支払方法 毎月月末に翌月分を支払う。

保証金 本件賃貸借契約の平成四年一二月二五日付け更新に基づく保証金の残金が平成七年一二月三一日現在四四〇〇万円であることを確認する。

右残金四四〇〇万円を更新後の契約の保証金とし、右保証金は償却しないこととする。

被告タケモクが本件建物の明渡しを完了した後遅滞なく、本件賃貸借により被告タケモクがイフに対して負う債務を控除した残額を無利息で返還する。

3  被告木村は、イフに対し、平成七年四月一〇日、四〇〇〇万円を以下の約定で貸し渡した(<証拠略>。以下「本件消費貸借」という。)。

弁済期 平成七年四月三〇日

利息 日歩一銭三厘七毛(年五パーセント)

遅延損害金 年一〇パーセント

4  イフは、被告木村に対し、平成七年五月一日、本件消費貸借の弁済を担保するため、本件賃貸借から生じる同年六月分以降の賃料債権(以下「本件賃料債権」という。)を譲渡し(以下「本件債権譲渡」という。)、その旨を同年五月九日到達の内容証明郵便により被告タケモクに通知した。

5  原告は、本件根抵当権に基づく物上代位として、東京地方裁判所に、イフが本件建物について被告タケモクに対して有する賃料債権のうち差押命令送達日以降支払期の到来する債権にして一三億五〇〇〇万円に満つるまでの差押えを申し立て(東京地方裁判所平成七年(ナ)第五七〇号)、同裁判所は平成七年六月七日、右申立てを認める決定(以下「本件差押命令」という。)をし、同決定正本は同月八日、第三債務者である被告タケモクに、同月一三日、債務者兼所有者であるイフに、それぞれ送達された(甲三)。

6  被告タケモクは、被告木村に対し、平成七年六月分から平成八年五月分までの賃料合計四八〇〇万円を適時に支払ったが、同年六月分から平成九年七月分までの賃料については、別紙供託金目録記載のとおり、合計五三九七万三三二〇円を東京法務局に供託した。

7  被告木村は、イフに対し、被告タケモクから受領した前項の金員のうち平成八年四月分の賃料相当額四〇〇万円を平成八年四月一日に、同年五月分の賃料相当額四〇〇万円を同年五月一日に、それぞれ返還した(丙七、丙八)。

8  被告タケモクは、イフに対し、平成九年一〇月一八日、本件建物を明け渡し、本件賃貸借は終了したが、同年八月分からは同年一〇月一八日分までの賃料合計一〇三二万二五八〇円については供託をしておらず、未払のままとなっている(乙一六。なお、未払賃料額については当事者間に争いはない。)。

9  被告タケモクは、平成九年七月ころ、事実上倒産し、任意整理することになり、見るべき資産はない<証拠略>。

二  争点

1  賃料債権につき債権譲渡がされた後、右賃料債権に抵当権に基づく物上代位による差押えがされた場合、右賃料債権の譲受人と抵当権者のいずれが優先するか。

(一) 原告の主張

抵当権者は、担保不動産につき他の債権者に優先して自己の債権の弁済を受ける権利を有するところ、その目的不動産の賃料に対し物上代位を認める以上、その物上代位に基づく権利の行使は抵当権の内容である優先弁済権に由来するから、抵当権者である原告は、イフの有していた賃料債権の譲受人である被告木村に優先して本件建物から生ずる賃料債権の取立てを行うことができる。

(二) 被告木村及び同タケモクの主張

本件は、債権譲渡の優劣に関する原則に基づき、原告の物上代位による本件差押命令の決定正本の被告タケモクへの送達と本件債権譲渡の確定日付による被告タケモクへの通知の到達の先後関係によって判断すれば足りる。したがって、被告木村が原告に優先して本件賃料債権を取り立て、受領することができる。

2  平成九年八月分以降の未払賃料債権は被告タケモクのイフに対する保証金返還請求権で相殺されたか。

(一) 被告タケモクの主張

被告タケモクは、イフに対し、四四〇〇万円の保証金返還請求権を有していたところ、被告タケモクは、平成九年一〇月一八日本件建物をイフに明け渡し、本件賃貸借は終了した。したがって、平成九年八月分以降の未払賃料債権は右保証金返還請求権と対当額で相殺され、消滅した。

(二) 原告の主張

原告は、抵当権の物上代位に基づく差押えによって、被告タケモクから、本件賃料債権を取り立てる権利を有している。よって、被告タケモクは、未払賃料の支払を免れることはできない。

3  被告木村が被告タケモクから受領した賃料は原告との関係で不当利得となるか。

(一) 原告の主張

本件差押えの効力が発生した平成七年六月八日以降発生する賃料債権には差押えの効力が及ぶので、被告木村には平成七年七月分以降の賃料を受領する権限はない。それにもかかわらず、被告木村は、本件差押命令の効力発生後の賃料を被告タケモクから受領したものであり、他方、被告タケモクが無資力となったため、原告は得られるべき賃料を得ることができず損失を受けたから、被告木村の受領した賃料は不当利得となる。

(二) 被告木村の主張

被告木村はイフとの債権譲渡という原因関係(法律上の原因)に基づいて賃料を受領したものであり、不当利得にはならない。

また、被告木村は、イフに対し、被告タケモクから受領した賃料四八〇〇万円のうち、平成八年四月分である四〇〇万円及び同年五月分である四〇〇万円を、それぞれ返還した。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である(最高裁平成一〇年一月三〇日第二小法廷判決及び同年二月一〇日第三小法廷判決参照)。

これを本件についてみると、前記前提事実によれば、本件根抵当権の設定登記が経由されたのは平成元年六月二〇日であり、一方、本件債権譲渡の通知が被告タケモクに到達したのは平成七年五月九日で、その後に原告による本件賃料債権の差押えがなされていることが明らかである。そうすると、本件においては、原告が被告木村に優先して本件賃料債権の取立てを行うことができるというべきである。したがって、本件債権譲渡は右限度で無効であり、本件賃料債権は原告との関係ではイフに帰属しているというべきである(もっとも、平成七年六月分の賃料四〇〇万円については、本件差押命令の正本が被告タケモクに送達される前に支払期が到達しているものであるから、この分については差押えの効力は及ばない)。

二  争点2について

前記前提事実2の本件保証金の返還に関する合意の内容に照らすと、本件保証金は敷金としての性質を有すると解される。

そして、賃貸借における敷金は、賃貸借存続中の賃料債権のみならず、賃貸借終了後賃貸目的物明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保し、賃貸借終了後、賃貸目的物の明渡しがなされた時において、それまでに生じた右の一切の被担保債権を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき敷金返還請求権が発生するものと解される(最高裁昭和四八年二月二日第二小法廷判決・民集二七巻一号八〇頁参照)。

これを本件についてみると、被告タケモクが本件賃貸借の終了に基づき本件建物を明け渡したのは平成九年一〇月一八日であるから、この時点をもって保証金返還請求権が発生したことになる。しかるに、前記前提事実5によれば本件差押命令は平成七年六月七日に発せられた同月八日に被告タケモクに、同月一三日にイフにそれぞれ送達されたものであるから、右差押え後に取得した右保証金返還請求権を自働債権として本件賃料債権と相殺することは、民法五一一条に照らして許されないことは明らかである。よって、平成九年八月分以降の賃料が被告タケモクのイフに対する保証金返還請求権で相殺されたものとして扱うことはできない。

三  争点3について

1(一)  前記一で述べたように、被告木村は、原告との関係で劣後し賃料を受領する権限を有しないにもかかわらず、平成七年七月分から平成八年五月分までの賃料を受領したことになるのであるから、被告木村の右賃料受領は原告に対する関係では法律上の原因なくして利得したものというべきである。

一方、民法四八一条によれば、差押えを受けた第三債務者が自己の債権者に弁済したときは、右第三債務者は差押債権者に対する二重弁済を免れないとされており、右結論は、第三債務者が善意無過失であっても異ならないものと解される(最高裁昭和四〇年一一月一九日第二小法廷判決・民集第一九巻第八号一九八六頁参照)から、原告は、被告タケモクに対し、依然として右期間分の賃料を取り立てる権利を有していることになる。したがって、原告は被告タケモクに対して右取立権を有している以上、被告タケモクからの取立てが可能であれば、損失はなく、原告の被告木村に対する不当利得返還請求権は発生しないと考えられる。しかし、本件においては、被告タケモクは、前記前提事実9で認定したとおり、無資力の状態にあると認められるため、右賃料の取立権は経済的には無価値になっているというべきであって、その意味で原告に損失が生じていると認められる。

そして、本件においては、本来原告が得るはずであった賃料を被告タケモクが被告木村に支払い、一方で原告は被告タケモクが無資力になったことにより賃料の弁済を受け得なくなったという事実関係からすると、社会通念上、被告木村の右利得は原告の右損失によって生じたと評価すべきであり、両者の間には因果関係があると認めるのが相当である。

(二)  したがって、本件において、原告は、被告木村が法律上の原因なくして弁済を受けた平成七年七月分から平成八年五月分までの賃料について、被告木村に対して不当利得返還請求権を行使できるものと解するのが相当である。なお、仮に、このように解さずに、原告が被告タケモクに対して右期間中の賃料の取立権を依然として有していることを理由に不当利得返還請求権の発生を否定するとすれば、差押債権者の保護を目的とする民法四八一条によって結果的に差押債権者が不利益を被るということにもなりかねない。

2  次に、前記前提事実7によれば、被告木村は、イフに対し、被告タケモクから受領した賃料のうち平成八年四月分及び同年五月分として合計八〇〇万円を返還しているので、被告木村にはこの返還分につき現存利益が存しないのではないかが問題となる。

証拠によれば、被告木村はイフに対する本件消費貸借の弁済の担保のため本件賃料債権を譲り受けたものであること(前記前提事実4)、イフは本件債権譲渡にあたり、被告タケモクからの賃料支払をもって本件消費貸借の弁済に順次充当しようと考えていたこと(丙三の一、二)、被告木村は本件賃貸借によって生じる将来の賃料債権全額をイフから譲り受けたが、これは本件債権譲渡の時点では本件賃貸借は平成七年一二月三一日が期限となっていたため本件債権譲渡によっては本件消費貸借の全額の満足を受けられないと考えられていたためであること(丙四の一、二、丙八)、被告木村は被告タケモクから合計四〇〇〇万円(平成七年六月分から平成八年三月分まで)の弁済を受けた後四〇〇〇万円を超えて弁済のあった平成八年四月分及び同年五月分の賃料合計八〇〇万円を本来賃料を受領すべき賃貸人であるイフに返還したものであること(丙八)が認められる。

以上の事実を総合すれば、被告木村が八〇〇万円をイフに返還したのは、被告タケモクから本件消費貸借の総額四〇〇〇万円を超える賃料の支払があったためであるというべきであり、これ以外に被告木村がイフに対して出捐をすべき事情は認めることができない。そうすると、被告木村は、被告タケモクから平成八年四月分及び同年五月分の賃料の支払を受けなければイフに右八〇〇万円を交付することはなく、被告木村が自己の財産を消費することもなかったといえるから、被告木村には右八〇〇万円については現存利益が存しないものというべきである。

そして、原告は被告木村に対し、平成七年七月分から平成八年四月分の合計四〇〇〇万円について不当利得として返還を請求しているのであるから、被告木村は同年四月分の賃料相当分である四〇〇万円を差し引いた残額三六〇〇万円の支払義務を負うこととなる。

第四  結論

以上によれば、原告の請求は、原告と被告らとの間において原告が別紙供託金目録記載の各供託金にかかる賃料債権が訴外株式会社イフに帰属することの確認を求める部分、被告タケモクに対し一〇三二万二五八〇円、被告木村に対し三六〇〇万円の支払をそれぞれ求める部分に限り理由があるからこれを認容し、その余の請求についてはこれを棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡清一郎 裁判官 見米 正 裁判官 武藤貴明)

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